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情報デザイン、ユーザシナリオ、ペルソナ・シナリオ法、マーケティング。
どれも大変重要だと思います。
でも、どれも究極的に言えば「手法」でしかないんですよね。
Web屋、いや、クリエイターに最も必要なのは実はその土台となる哲学だと思うんです。
哲学がなきゃ、どの手法も結局無駄になるからです。
「正義なき力は無力である」っていうのと同じですね。
賞を受賞したいとか、新しい手法をアピールしたいとか、それらもクリエイターのモチベーションとしてはすごく重要だと思います。でもね、それが目的になっちゃうと、結局良いものはできないと思います。ユーザの方に目が向いてないから。自分の手柄や、地位、名声ばかりに目が行くと結局それ中心の設計になるんじゃないかと思います。
医療に似ているのかなぁ~なんて最近は思います。
町医者も、大学病院も命や人体を扱うことに変わりはありません。
最先端の医療研究も、町医者の往診もそこに違いはない。
しかし、医療研究が手法の確立、地位や名声を得ることに目が向きすぎてしまったら、一番大事な命に対する意識が欠如してしまったら・・・・これは本末転倒ですよね。クリエイターも同じだと思うのです。そもそも、クリエイターというものは裏方職業であって、一般の人から脚光を浴びることが大事な職業ではないと思います。
僕は、Webが好きです。
なぜか?
Webは、たくさんの人に触れられるからです。
僕の顔なんて見えなくていい。
誰に伝えたって何やってんのかよくわからない仕事だし、エンドユーザ相手の商売じゃないから建築のように直に評価をもらうことも、作品として名前を出すこともなかなかできない。
でも、だからこそクリエイター魂が無いとダメなんです。自分が脚光を浴びるのではなく、自分が創ったものが誰かの目に留まる。誰かの生活に使われる。決して自分はダイレクトに評価はされないけれども、そういうことに意義を感じる、喜びを感じる。
もしかしたら、僕が創ったWebサイトを見て、良い旅行にいけるかもしれない。
もしかしたら、僕が創ったWebサイトで素敵な贈り物ができるかもしれない。
もしかしたら、僕が創ったWebサイトで、職が見つかるかもしれない。
いや、そんなに大きなことでなくてもいい。
好きな映画のことをもっとよく知れたとか、暇つぶしになったとか。
自分が創ったものが、自分が使って欲しい人の笑顔に繋がってくれれば。
そのおかげで、プロジェクトメンバー全員が笑顔になれるんだったら。
そんな素晴らしい仕事がWebにはあると思っています。
一般消費者からの僕の評価なんて二の次でいいんです。
それより、自分が創ったものが誰かの笑顔につながって欲しい。
僕はこれをクリエイター魂と呼んでいます。
良いものを創りたいという根源となる哲学。
この哲学があって、初めてペルソナやユーザシナリオ、マーケティングが意味を持つと思うんです。
この哲学がなきゃ、ペルソナをどんなに丁寧に創りこんでも、結局ユーザへサービスをしようという根底にあるべき哲学がないから、最終的な成果物も自分好みのものになってしまう。
でもね、クリエイター魂なんてかっこつけて書きましたが、別に珍しいもんでもなんでもないんです。鎌倉に美味しいセンベイ屋さんがいますが、あの人たち、毎日毎日アホみたいにセンベイ焼いてるんですよ。全然、華やかじゃないんです。近所にめちゃくちゃうまいラーメンを作るオッサンがいますが、そのオッサンも別に華やかじゃない。着飾ってるわけでもないし、チャラチャラもしてない。お客様一人ひとりに大きな声で「ありがとうございましたー!」っていつも言ってる。彼らにあるのって、たった一つだけなんですよね。
「お客様においしいものを食べて欲しい」
クリエイターって本当はこういう人たちのことだと思うんです。
「ファッションセンスが良くて、時間にルーズでよくて、センスで勝負」なんてのは、それはアーティストであって、モノづくりをするクリエイターではないと思うんですよね。
クリエイター魂。
大事にしたいものです。
どれも大変重要だと思います。
でも、どれも究極的に言えば「手法」でしかないんですよね。
Web屋、いや、クリエイターに最も必要なのは実はその土台となる哲学だと思うんです。
哲学がなきゃ、どの手法も結局無駄になるからです。
「正義なき力は無力である」っていうのと同じですね。
賞を受賞したいとか、新しい手法をアピールしたいとか、それらもクリエイターのモチベーションとしてはすごく重要だと思います。でもね、それが目的になっちゃうと、結局良いものはできないと思います。ユーザの方に目が向いてないから。自分の手柄や、地位、名声ばかりに目が行くと結局それ中心の設計になるんじゃないかと思います。
医療に似ているのかなぁ~なんて最近は思います。
町医者も、大学病院も命や人体を扱うことに変わりはありません。
最先端の医療研究も、町医者の往診もそこに違いはない。
しかし、医療研究が手法の確立、地位や名声を得ることに目が向きすぎてしまったら、一番大事な命に対する意識が欠如してしまったら・・・・これは本末転倒ですよね。クリエイターも同じだと思うのです。そもそも、クリエイターというものは裏方職業であって、一般の人から脚光を浴びることが大事な職業ではないと思います。
僕は、Webが好きです。
なぜか?
Webは、たくさんの人に触れられるからです。
僕の顔なんて見えなくていい。
誰に伝えたって何やってんのかよくわからない仕事だし、エンドユーザ相手の商売じゃないから建築のように直に評価をもらうことも、作品として名前を出すこともなかなかできない。
でも、だからこそクリエイター魂が無いとダメなんです。自分が脚光を浴びるのではなく、自分が創ったものが誰かの目に留まる。誰かの生活に使われる。決して自分はダイレクトに評価はされないけれども、そういうことに意義を感じる、喜びを感じる。
もしかしたら、僕が創ったWebサイトを見て、良い旅行にいけるかもしれない。
もしかしたら、僕が創ったWebサイトで素敵な贈り物ができるかもしれない。
もしかしたら、僕が創ったWebサイトで、職が見つかるかもしれない。
いや、そんなに大きなことでなくてもいい。
好きな映画のことをもっとよく知れたとか、暇つぶしになったとか。
自分が創ったものが、自分が使って欲しい人の笑顔に繋がってくれれば。
そのおかげで、プロジェクトメンバー全員が笑顔になれるんだったら。
そんな素晴らしい仕事がWebにはあると思っています。
一般消費者からの僕の評価なんて二の次でいいんです。
それより、自分が創ったものが誰かの笑顔につながって欲しい。
僕はこれをクリエイター魂と呼んでいます。
良いものを創りたいという根源となる哲学。
この哲学があって、初めてペルソナやユーザシナリオ、マーケティングが意味を持つと思うんです。
この哲学がなきゃ、ペルソナをどんなに丁寧に創りこんでも、結局ユーザへサービスをしようという根底にあるべき哲学がないから、最終的な成果物も自分好みのものになってしまう。
でもね、クリエイター魂なんてかっこつけて書きましたが、別に珍しいもんでもなんでもないんです。鎌倉に美味しいセンベイ屋さんがいますが、あの人たち、毎日毎日アホみたいにセンベイ焼いてるんですよ。全然、華やかじゃないんです。近所にめちゃくちゃうまいラーメンを作るオッサンがいますが、そのオッサンも別に華やかじゃない。着飾ってるわけでもないし、チャラチャラもしてない。お客様一人ひとりに大きな声で「ありがとうございましたー!」っていつも言ってる。彼らにあるのって、たった一つだけなんですよね。
「お客様においしいものを食べて欲しい」
クリエイターって本当はこういう人たちのことだと思うんです。
「ファッションセンスが良くて、時間にルーズでよくて、センスで勝負」なんてのは、それはアーティストであって、モノづくりをするクリエイターではないと思うんですよね。
クリエイター魂。
大事にしたいものです。